3月11日

今日はほとんど仕事がなかったこともあって
5年前のこの日のことを結局一日中考えてました。


震災のあと、多分ぼくは軽い震災鬱だったんだと思います。
ものすごく考えすぎて不安な状態だったと思います。
それを解消するためにいっっっっぱい考えてできる範囲でいろいろやってました。
多くの方に協力を頂きました。改めて本当に感謝です。ありがとうございました。

最初は迷いが強かったですが、
ぼくは幸いにも現地のボランティアセンターの方とのつながりができて
本当に必要としている物資を届けることができる状態なってからは
自分のやってることが間違っていないだろうと思えてきました。




そういえば、
仙台の避難所に行った時、
ふらっと来た「支援者」を名乗る50代くらいの男性が「被災者にこれをあげてください」とスイカを2玉手渡してきました。

「“被災者”って呼び方はないだろう…」とぼくはイラッとしましたが
避難所の受付の人はこういう感じの人の扱いにも慣れてる感じで
丁寧に感謝を言って丁寧に受け取っていました。

さらに色紙と自分の住所を渡してきて、「これに感謝の言葉とかを書いてもらってこの住所に送ってもらえます?」と。
全員「は?」と思ったはずですが、
それも受け取っておられました。
断るのにも知力と体力使いますからね。
※丁重にお断りすることもあるかと思いますが。
避難所生活だけでもストレスフルなのに無駄なところでパワー使わなくていいでしょう。

その避難所は200人くらいで生活されてました。
そこにスイカ2玉。
全員に配布するのはとても難しい。
では欲しい人だけにあげるとすると今避難所にいない人が後でいやな気持ちになるかもしれない。
じゃ全員がいるであろう夜にスイカ欲しい人を募るためにはそれまでスイカを冷蔵庫に冷やしておかなきゃいけないけど避難所に冷蔵庫なんかない。
生ぬるくてもタダでもらったんだからありがたく食えとでも?
そもそもスイカを切るには包丁が必要。包丁を使ったら洗わなきゃいけない。スイカを分けて食べるなら皿が必要。そんなに皿があるのか。皿を使ったら洗わなきゃいけない。
スイカ食べた後は種と皮が残る。その生ゴミどこに置いておくのか。

スイカ2玉だけでこれだけの問題が起きるということを目の当たりにしました。
さらに謎の色紙。。



親切心(のつもり)だけで動いたら結局は結構な迷惑なことをしてしまうかもしれない、ということをこれで学びましたから、だいぶ慎重にはなりましたが、
前述の通り、ボランティアセンターの方から不足している物資を教えてもらうことができていたのでその点では安心でした。


いろいろ考えていろいろ書きましたが、ザッと削除。


とにかく当時、ご協力いただいた方々には本当に感謝感謝。

あの時みなさんで購入した革手袋は仙台で使われた後もちゃんと保存されて、
その後、九州での台風被害の時に九州の方に送られてそこでも活躍したとのことです。
ありがとうございました!



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