11月22日 2日目

2日目は、秋祭りの手伝いをしました。

これは、民間借り上げ住宅に住む人たちで作られた◯◯会(名前書いていいかどうかわかんないので伏せときます)の秋祭りです。

公民館のちいさなホールでやります。
 子どもからお年寄りまで50人くらいいたかな〜。
仕切っているのはteam若ボラ さん。




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おにぎり、やきそば、芋煮、たこ焼き、焼き鳥、ビール、ジュース、お茶などをボランティアスタッフが作って提供します。

午後は、リュート弾きのおじさんの演奏や、ギター弾き語りで青春の甘酸っぱさを歌う青年や、◯◯会の有志が仮装してAKBを歌い踊ったりする音楽会が開かれました。






















写真タイトル「逆光で米を握る女たち」 。

大量の食事を作らなきゃいけないけど、物資と電力の不足でなかなか調理がうまく進みません。
進行も手順もへったくれもないので、誰もが手探りであれがないこれがないと走り回りながら、 美味しく食べてもらうため頑張るのです。

























僕はやきそばを担当。ひたすら焼く。

電圧不足で、炊飯器がうまく作動せず、ご飯が美味しく炊けなくて、どうしようどうしようと涙をにじませる女性も現れたり、事件は調理室で起きていました。
全員が軽パニック状態でした。


そんなことを知らずに、みなさんには祭を楽しんでいただけていればほんとにうれしいんですが、たぶん我々スタッフの殺気はどうしても伝わってしまっていたでしょう。。




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この秋祭りには、ふらいパンダさんも参加されていました。

こどもたちと一緒に直径90センチの巨大カステラを作る非営利団体です。
でかいフライパンと大量の調理器具と材料を持って、12人くらいの若者たちがやってきました。

ふらいパンダさんは30回くらいやられているので、もうそれはそれは手慣れたものです。
こどもたちと一緒にカステラを料理して、時間があったらとなりの公園でこどもたちとドロケーやって。

僕は「ちゃんと準備できてるっていいなあ〜」と羨望のまなざしで、ふらいパンダさんの動きを見ていました。
しかもカステラ美味しかったし。





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秋祭りは無事終わりまして、ふらいパンダさんの車に乗せてもらって、荒浜に行きました。


荒浜地区というと、海のそばの町です。














↓震災前の荒浜地区の空撮。
海水浴場もあり、住宅が密集していますね。


















↓そして、震災後の空撮。















実は僕はこれを書くにあたって初めて荒浜の震災の前の写真を見ました。
「こんなに家があったんだ」とびっくりしました。ちょっと手が震えます。

荒浜には去年の震災後にも1回行って、今回で生で町を見るのは2回目なんですけど、こんなに家があったなんてまったく思ってませんでした。
話には聞いてましたけど、こんなに普通の住宅街のようにあるなんてまったく思えませんでした。

こちらの日記を読むと被害状況がわかりやすいですね。
これは去年の12月に書かれたようです。
荒浜小学校の校庭に集められたバイクは、今もありました。
荒浜小の体育館も紙のようにグシャッと崩れたままでした。


今回僕は行ったのはもう夕方になっていました。

















すぐ後ろが海という状態で陸地側を撮った写真です。
奥の方で光ってる街灯は東部道路あたりです。

海から東部道路までは3キロくらい。
3キロというと新宿駅から渋谷駅までの距離と同じくらい。
その間がまっくらですね。



東部道路は海岸線に平行に走る高速道路で、
盛り土がしてあって高さはたぶん3メートルか4メートルくらいあったかと思います。

それが防潮堤の役割をして、内陸への津波の浸水を抑えました。
それはよかったのですが、逆に東部道路にぶつかって跳ね返ってきた波(2度目の波)で
 やられてしまった家も多かった。
という話を今回聞きました。




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海岸に作られた慰霊碑に手を合わせ、ふらいパンダさんの車にまた乗せてもらいまして、仙台駅まで送ってもらいまして、家に帰りました。


ボランティアさんには東京から来ている人が多かったです。
関西弁もよく聞いたので、関西圏からもたくさん来ていたようです。

僕が1日目に一緒に作業した大気社さんは本社は新宿ですが、社員有志を集めて30人くらいでボランティアに来ていました。今回で3回目だそうです。

ボランティアのリーダーさんが「明日は高知の高校の野球部が来る」と言っていました。


僕はひとりで行ったので緊張も心配もしていましたが、思っていたより大変じゃなかったですし、暑苦しくなく「役に立ちたいです!」っていう人たちの中で動けるというのはとても気持ちがよかったです。



11月21日 1日目

先日、仙台市は若林区にありますRerootsさんのところに行ってきました。

厚手のゴム手袋 、長靴、防寒&作業用ジャンパーに加え、
雨が降ることはわかっていたのでレインコートも買いました。
長靴がかさばりますね。
鞄パンパンでした。


集合が朝の8時半なので、前日の夜に仙台に入りました。
ホテルで寝まして、
6時半に起きて、用意をして、市バスに乗って30分ほど、Rerootsさんの建物に到着。

朝礼で、Rerootsの概要とRerootsが目指すことを、スタッフさんが話してくれました。
こういうことをキッチリと教えてくれると、やりがいが生まれるし、やる気も出てきますね。

この日集まったボランティアはたぶん、80人くらい。
ザッと見ただけだから正確な数ではないけど。

会社で参加しているグループもいました。
4社くらいが来ていて、それぞれ20人くらい。
あとは個人で来てる人が10人くらい。
てことは全部で90人くらいか。


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誰がどこのボランティア先に行くのかが割り当てられまして、
Rerootsに置いてある自転車に乗って移動です。

パンクしている自転車もあるので、パンクしてないのを選びます。

























知らない人たちのあとをつけて、10分ほど。
自転車を漕ぎます。
寒い寒い。























僕は↑この畑のグループに入りました。
「小さい畑だな」という印象を持つ広さです。

津波で流れてきた瓦礫でグチャグチャになっていた畑。
大きな瓦礫は、公的な力によって撤去されましたが、
土の中に眠っている、石やガラスや木片やプラスチックなど、もともと畑になかったものは手作業で取っていくしかありません。

石などの固いものがある状態で、トラクターで耕すと、トラクター壊れちゃうらしいので、石とか取らないと農作業ができないわけです。
農作業できないとお金儲けできないだろうし。お金なかったら生活できませんね。

「よっしゃ、石取るぞ!」ってことで
スコップをザッと畑に差しまして、土掘り返しまして、石とかないかどうか目と手で調べまして、あったら石を拾って集めます。

ゴミは分別して捨てなきゃいけないので、石やらガラスやら木片を同じところに集めてから、分別作業をします。

僕は分別係ではなかったので、何種類に分別したのかは知りません。
でも分別も大変そうでした。


50分やったら10分休憩です。
自分で持ってきたお茶を飲んだりします。

仙台はほんとに寒くて、僕はヒートテックを上下着て、さらにジャージを着て、ジャンパーを着ていました。
それでも寒いと思っていましたが
作業をし始めると、すぐ熱くなって汗が出てきました。
20分くらいでジャージは脱ぎました。

 2時間目あたりで、疲れができまして、「家に帰りたい」と思いましたが、
 「50分やったら10分休憩」というのは素晴らしいシステムで
もう限界と思った頃に休憩がやってくるし、
10分休憩すると気力体力もかなり回復します。
作業が乗ってくると「休憩なんていらねえやい」という気持ちにもなります。
(でも休憩します)



上の写真の畑を、15人くらいで担当しました。

「夕方前くらいには終わっちゃうんだろうな〜」と思いましたが、なんとビックリ。
一日やって半分くらいしか終わりませんでした。
ホントにビックリ。
当然、畑ってここだけじゃなく、すんげえ広いので、とんでもないことだなと思いました。

やっぱ、ボランティアってまだまだ必要なんだな。。。と体で感じました。




















畑でのボランティア作業っていったいどれほど大変なものなのだろうかと恐れていましたが、思っていたよりは大変ではなかったです。
そりゃ疲れますけど、基本的に気持よく作業できたので、終わったあとは爽快感がありました。

初めてボランティアに参加する人も多かったので「自分なんか役立てるかどうかわかんないけど、塵も積もればの塵の一粒になれたらいいかなと思って……」って感じの冷静で身の丈知ってる気持ちの方も多かったです。
僕もそのひとりでした。

たしかに僕は塵の一粒でしたが、
広大な畑のほんっっっっっっっっっの一部しか完了できなかったことを思うと、逆に(?)有意義な塵の一粒にさせてもらえたなと思いました。





11月19日 とりいそぎ

この土日に、仙台の若林区にボランティアに行ってきました。

畑の土掘り返したり、焼きそば作ったりしたんですが、
くわしいことは落ち着いてから書くとして。


去年、このブログを通してお金を集めさせていただいてみなさんで購入した「革手袋」のその後についてお話を聞けたので、そのことを書きます。

あれは若林区災害ボランティアセンターに送りまして復旧作業に大活躍したそうなのですが、
その後、那智勝浦から若林区に物資提供の要請があって、革手袋たちは那智勝浦に送られたそうです。

那智勝浦といえば、今年の9月に大雨による土砂災害で大きな被害を受けた地域です。

みなさんのご協力によって購入できた革手袋が仙台市若林区だけでなく、那智勝浦でも必要とされ活躍したことを聞いたので、僕だけそれを知っているのももったいないな〜と思いまして、ここに書きました次第でございます。





11月5日 地上の準備 OKIDOKI

こども英語ジャーナル12月号ですよ。

11月に入るととたんに街の音楽がクリスマスになりますね。

 こジャルの方もクリスマス満載です。








11月2日 あたし、ひとりでがんばらなきゃって思ってました

ヴィクトリア女王 世紀の愛」観ました。

エミリー・ブラント(プラダを着た悪魔の元々いた秘書の人)はいいんだけど、なんか話がまとまってないし、細かいところは描けてないしって感じでした。
真実のストーリー!ってことで「ああ、いい話だな〜」とは思うけど。
なんでだろ。映像に重厚感がなかったのかな。音楽が控えめ過ぎた?

勝手に邦題
『がんばらないと決めた日』

















↑写真間違い。





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もう11月だ。

ハラハラしてきた。





11月1日 おじさんドバッ

またもや偶然にナチス関連2本。



ペイド・バック」観ました。

面白いっす。
話にひとつ仕掛けがありまして、それが判明したときに「なに〜!」とビックリします。

工作員の話ではあるんだけど、それぞれ人間味があって、失敗しちゃったり精神的に我慢できなくなっちゃったりするので、工作員とはいっても戦争に巻き込まれた一般市民には変りないんだよな〜と気づきます。
この点が、いわゆる他のアクションスパイ映画とは違うとこかな。


勝手に邦題
『悲しみの注射』














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バティニョールおじさん」観ました。

サラの鍵」と時代は完全に同じ。
“ナチス占領下のパリ”ですよ。

「サラの鍵」とは違って、シリアスの中にもコメディ要素を入れて、こちらも「一般市民が困難に遭ったときにどうするか」を描いています。

主演のジェラール・ジュニョさんがとてもいいので見ていて飽きません。
が、やはりこの軽さが。。
「サラの鍵」を先に見てしまうと、どうしても。。


勝手に邦題
『突然ハゲが父親に!』